こんにちは、Chieです。
「キエーロオフィシャル認定アドバイザー」として、生ごみを土に還す暮らしを続けながら、最近は耕作放棄地を借りて、自然農や菌ちゃん農法にも挑戦しています。
畑を始めて、以前よりずっと身近になったものがあります。
それは――草。
畑をやっていると、とにかく草が生えます。
春も夏も秋も、雨が降ればぐんぐん伸びる。
「また草が生えてる……」
以前なら、そんなふうに思っていたかもしれません。
でも、自然農を始めてから、少しずつ草を見る目が変わってきました。
草刈りは、けっこう大変
私の畑は、もともと田んぼだった場所です。
しばらく耕作されていなかったこともあって、草の勢いがものすごい。
畑仕事をしているというより、
「今日は草刈りに来たのかな?」
と思う日もあるくらいです。
草刈り機を使うこともありますが、私は手鎌で刈ることも多いです。
しゃがんで、一本ずつ、あるいはひとかたまりずつ刈っていく。
効率だけを考えれば、草刈り機のほうがずっと早い。
それでも、手で刈る時間には、ちょっと違った良さがあります。
朝の草刈りは、ちょっとした瞑想
以前、早朝に畑で草刈りをしていたときのこと。
まだ暑くなる前の時間。
鳥の声が聞こえて、土の匂いがして、黙々と鎌を動かします。
刈る。
集める。
また刈る。
それを繰り返しているうちに、いつの間にか余計なことを考えなくなっていることに気づきました。
「次は何をしよう」
「今日は何を食べよう」
「これからどうしよう」
そんなことを考えていた頭が、いつの間にか静かになっている。
ただ、
鎌を動かして、草を刈っている。
それだけ。
これって、もしかして瞑想に近いのでは?
と思ったのが、この記事のタイトル「草刈りは瞑想?」のきっかけでした。

そして、草刈り中に事件が……
そんなふうに気持ちよく草刈りをしていたある日。
ふと、
「車の鍵がない!」
ということに気づきました。
さっきまで持っていたはずなのに、どこにも見当たりません。
草の中に落としたのかもしれない。
そう思うと、さっきまでの「無心」が一気に吹き飛びました(笑)。
草をかき分けながら探して、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
結局、無事に見つかったのですが、
「草刈りは瞑想」と言っていたのに、鍵を探すことになった途端、完全に現実に引き戻されました。
まあ、そんなこともあります。
隣の田んぼの方に助けてもらったこと
畑の草刈りをしていると、隣の田んぼとの境も気になります。
以前、私が一人でせっせと草を刈っていたところ、隣の田んぼの方が境の草を刈ってくださいました。
ありがたかったです。
畑を始める前は、こういう「土地と土地の境目」を意識することなんて、ほとんどありませんでした。
でも、自分で畑をやってみると、
「ここからここまでが自分の場所」
というだけではなく、
周りの土地や、そこにいる人たちともつながっているんだな
と感じることがあります。
自然農を始めて、草を見る目が変わった
そして今、自然農を始めてみて、さらに草に対する考え方が変わりました。
以前は、
草=取らなければいけないもの
という感覚が強かった。
でも、今はそう単純ではありません。
草は土を覆い、根を張り、土の中の環境にも影響を与えています。
刈った草も、捨てるのではなく、畑に置いておけば土に還っていきます。
つまり、
草を刈ることも、草を土に戻すことも、畑の循環の一部。
そう思うようになりました。
もちろん、野菜の生育を邪魔する草は刈ります。
でも、
「全部なくしてしまおう」
とは思わなくなりました。

草は「敵」ではなくなった
自然農をやっていると、
「草をどうするか?」
という問題に何度も出会います。
でも、考えてみれば、草は私が畑を始めるずっと前から、そこに生えていたもの。
私が勝手に「畑」と呼び始めただけで、草にとっては、そこが暮らす場所だったわけです。
そう考えると、
「なんでこんなに草が生えるの!」
と怒るより、
「今年はこの草が多いな」
「この場所はよく伸びるな」
と観察するほうが面白くなってきます。
草を見ることは、土を見ることでもあるのかもしれません。
草刈りをしながら、土と畑を知っていく
畑を始めたばかりの頃は、
「野菜を育てること」
ばかり考えていました。
種をまいて、芽が出て、収穫する。
それが畑だと思っていたのです。
でも、実際にやってみると、その間にあるもののほうがずっと多い。
雨が降る。
草が生える。
虫がやってくる。
微生物が働く。
草が枯れる。
土に還る。
また新しい植物が生える。
そんな循環の中に、野菜も私もいる。
そう思うようになりました。
だから今では、草刈りも「野菜を育てるための面倒な作業」というだけではありません。
畑を知るための時間。
そして、自分の頭を空っぽにする時間でもあります。
草刈りは、やっぱり瞑想かもしれない
もちろん、真夏の草刈りは暑いです。
長時間やれば疲れます。
虫にも刺されます。
そして、刈っても刈っても、また生えてきます(笑)。
それでも、朝の涼しい時間に鎌を持って畑に立つと、不思議と気持ちが整います。
草を刈りながら、土を見る。
土を見ながら、畑の変化に気づく。
そして、刈った草をその場に戻す。
そんなことを繰り返していると、
「自然の中で暮らすって、こういうことなのかな」
と思います。
草を完全になくすのではなく、
草と付き合いながら、畑をつくっていく。
それが、今の私の自然農なのかもしれません。
さて、明日もまた草刈りです。
今度は、車の鍵を落とさないように気をつけます(笑)。
参考記事:・農業女子の草刈機事情



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