大阪のごみ焼却ピンチから考える。「効率のよい仕組み」と「しなやかな仕組み」

街を走るゴミ収集車 循環する暮らし

大阪で、ごみの焼却がピンチになっているというニュースを読みました。

焼却工場の建て替えや整備、故障などが重なり、ごみの処理能力に余裕がなくなっているというのです。

大阪市など4市でつくる大阪広域環境施設組合は、約330万人の市民にごみの減量を呼びかける事態になりました。

最初にこの記事を読んだとき、私は、

「ごみが増えて、焼却が追いつかなくなったのかな」

と思いました。

ところが、少し調べてみると、そんなに単純な話ではありませんでした。

家庭から出るごみは、ちゃんと減っていた

意外だったのは、大阪市の家庭から出るごみは、近年、減少傾向にあるということです。

大阪市では長年、ごみの減量や分別、リサイクルを進めてきました。

家庭から出る普通ごみも減っています。

つまり今回のことを、

「市民がごみを減らさなかったから、焼却炉がいっぱいになった」

と考えるのは違うようです。

一方、大阪市では、事業所から出るごみが大きな割合を占めています。

コロナ禍では経済活動が停滞し、事業系ごみも減りました。

その後、経済活動が戻り、大阪を訪れる観光客も増えました。

ホテルや飲食店などが活気を取り戻せば、そこから出るごみも増えます。

住んでいる人の数だけでは、ごみの量を予測できないのです。

ごみが減ることを見込んで、施設も計画されてきた

大阪では、ごみが長期的に大幅に減ってきました。

それに合わせて、焼却施設を休止したり、建て替えたりしながら、必要な処理能力を調整してきました。

考えてみれば、これは当然のことです。

ごみが減っているのに、大量のごみを処理できる施設を余分に維持していれば、大きな費用がかかります。

将来のごみ量を予測して、それに合わせて施設を整えていく。

とても合理的な考え方です。

しかも、まったく余裕のない計画だったわけでもありません。

大阪市長は今回の状況について、計画上は10%から十数%程度の処理余力を見込んでいたと説明しています。

それでも、ごみが想定ほど減らなかった。

そこへ、焼却工場の建て替えや整備、故障などが重なりました。

一つ一つには備えていても、いくつものことが同時に起きると、余裕がなくなることがあります。

どんなによくできた仕組みにも、「想定外」はある

このニュースを読んでいて、私はここが一番気になりました。

日本には、高性能な焼却施設があります。

大量のごみを衛生的に処理し、私たちの暮らしを支えている、とても大切な社会インフラです。

だから、

「焼却は悪い。コンポストの方がいい」

という話ではありません。

ただ、

性能のよい焼却炉があるから大丈夫、とも言い切れない。

施設は古くなります。

建て替えも必要です。

故障することもあります。

災害が起こることもあります。

そして、社会が変われば、ごみの量そのものも予測から外れることがあります。

どんなに合理的に考えてつくられた仕組みでも、未来を完全に予測することはできません。

「効率のよい仕組み」と「しなやかな仕組み」

そこで考えたのが、仕組みのしなやかさということです。

一か所に集めて、大きな施設で効率よく処理する。

これは、とても合理的です。

一方で、一つの大きな仕組みに多くを任せるほど、その仕組みがうまく動かなくなったときの影響も大きくなります。

では、大きな仕組みをやめればいいのでしょうか。

私は、そういうことでもないと思います。

大きな仕組みをきちんと持ちながら、それとは別の、小さな仕組みもあちこちにある。

何か一つがうまくいかなくなったときにも、別の道がある。

そんな状態の方が、変化には強いのではないでしょうか。

生ごみには、焼却炉に行かない道もある

ここで、生ごみのことを考えました。

大阪市の最新の家庭系ごみの調査を見ると、重量の約28%が厨芥類、つまり食品系の生ごみです。

家庭から出るごみの中でも、かなり大きな割合です。

しかも生ごみは、水分を多く含んでいます。

それを家庭から収集し、焼却施設まで運んで、他のごみと一緒に燃やしています。

でも、生ごみには別の道もあります。

食品ロスそのものを減らす。

家庭でコンポストする。

地域で堆肥化する。

事業所から出る食品廃棄物を資源化する。

そして、私が使っているキエーロのように、土の中の微生物に分解してもらう方法もあります。

直置きタイプのキエーロ
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もちろん、

「大阪の人がみんなキエーロを使えば、今回の問題は解決する」

などという話ではありません。

そうではなくて、

焼却炉まで持っていかなくても処理できるものには、別の道があってもいい。

ということです。

小さな仕組みがあることも、社会の強さになる

一軒の家庭から出る生ごみは、わずかな量です。

一台のキエーロが処理する量も、大きな焼却工場から見ればごくわずかでしょう。

でも、そんな小さな仕組みが地域のあちこちにあれば、それは大きな仕組みとは違う役割を持つのかもしれません。

以前、このブログで「防災としてのコンポスト」について考えました。

災害が起きれば、普段当たり前に動いている収集や処理の仕組みが止まる可能性があります。

今回の大阪のニュースは、災害でなくても、社会の仕組みに余裕がなくなることがあると教えてくれます。

建て替え。

故障。

社会の変化。

観光客の増加。

私たちがあらかじめ考えたとおりに、社会が動き続けるとは限りません。

だからこそ、大きな仕組みだけにすべてを任せるのではなく、家庭や地域にも小さな選択肢がある。

普段は、その小ささゆえに「効率が悪い」と見えることもあるかもしれません。

でも、何かがうまくいかなくなったとき、別の方法が残っている。

私は、そんな状態を**「しなやかな仕組み」**と考えたいと思います。

ごみをどう処理するのが一番正しいのか。

一つの答えを決める必要はないのかもしれません。

大きな焼却施設もある。

リサイクルする仕組みもある。

地域で循環させる方法もある。

そして家庭の庭やベランダにも、生ごみを引き受けてくれる小さな仕組みがある。

効率のよい仕組みだけではなく、想定外のことが起きたときにも対応できる、しなやかな仕組みを持っておく。

大阪のごみ焼却をめぐるニュースを読んで、そんなことを考えました。

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