牛が土地を育てる。北海道の牧場に見つけた「環境再生」という希望

放牧される牛たち 循環する暮らし

最近、北海道で「環境再生型農業」に取り組んでいる牧場の記事を読みました。

北海道黒松内町にある「グラッドニー牧場」。

牧場を営むのは、アメリカ・テキサス州出身のティム・ジョーンズさんと妻の森塚千絵さんです。

ティムさんはアメリカで長く肉牛の牧場を営んできた人です。2019年にアメリカの牧場をたたみ、2020年に北海道黒松内町へ移住。そこで再び牧場を始めました。

現在取り組んでいるのが、牛を放牧しながら土地そのものを豊かにしていこうという「環境再生型農業(リジェネラティブ農業)」です。

この話を読んで、自然農をしている私はとても惹かれました。

牛を育てるだけではなく、土を育てる

グラッドニー牧場では、広い土地をいくつもの区画に分け、草の状態を見ながら牛たちを移動させています。

一年を通して穀物を与えず、牛は草を食べて育ちます。

しかも面白いのは、牧場の土地には、もともと牧草だけがきれいに生えていたわけではないことです。

ササやヨモギ、ヨシなど、一般には「雑草」と呼ばれる植物も生えていた土地を、牛たちが食べながら少しずつ牧草地へ変えていったそうです。

人間が大きく土地を作り替えたのではありません。

牛が草を食べる。

歩く。

糞をする。

そして次の場所へ移る。

食べられた草はまた伸び、糞は土へ戻り、土の中では微生物やさまざまな生き物が働きます。

草 → 牛 → 糞 → 土 → 微生物 → 草。

牛もまた、土地の循環の一部になっています。

グラッドニー牧場では、こうした放牧によって、かつて耕作放棄地だった場所も牧草地へと変わってきました。

「牛を育てる牧場」というより、

牛と一緒に土地を育てている牧場。

そんなふうに見えてきます。

「環境にやさしい」ではなく、「よくして返す」

環境再生型農業という言葉を、最近よく目にするようになりました。

英語では「Regenerative Agriculture」。

持続可能な農業を意味する「サステナブル」という言葉がありますが、「再生型」はもう少し踏み込んだ考え方です。

今ある環境をなるべく悪くしないだけではなく、

使った土地を、より健全な状態にして次へ渡していこう。

そんな発想です。

ティムさん夫妻も、自分たちの世代が地球のものを消費し、環境を傷めてきたからこそ、次の世代のために少しでも良くしていきたい、という趣旨のことを語っています。

その考え方が、私にはとても印象に残りました。

その牧場の隣に、金の試掘計画が持ち上がった

ところが、この牧場のすぐそばで、まったく違う土地利用の計画が持ち上がります。

2024年、黒松内町から隣の長万部町にまたがる静狩地区で、金などを探すための試掘計画が明らかになりました。

約346ヘクタールの山林です。

そして、この試掘予定地にグラッドニー牧場が隣接していました。

この地域には、黒松内を流れる朱太川の支流もあります。

「井戸水に影響はないのか」

「川は大丈夫なのか」

住民の間に不安が広がりました。

2024年7月に事業者が開いた説明会には80人を超える住民らが集まり、環境への影響を心配する声が相次ぎました。

ティムさんも説明会に参加し、事業者の説明について、環境をどのように守るのか具体性がないという趣旨の疑問を投げかけています。

その後、黒松内町議会も試掘中止を求める意見書を提出しました。

そして2025年、事業者は試掘権の登録取り消しを申請。

9月に受理され、静狩地区での金の試掘事業は事実上中止となりました。

住民の反対だけが中止の理由だったと断定することはできません。

けれど、地域の人たちが水や川、土地への影響を心配し、声を上げたことは確かです。

土地から「何を取るか」と、土地に「何を残すか」

この一連の話を知って、私はなんとも象徴的だと思いました。

一方には、地下に眠る金という資源があります。

もう一方には、草が生え、牛が歩き、水が流れ、土の中にたくさんの生き物が暮らす土地があります。

もちろん、鉱業そのものを単純に悪いものと考えることはできません。私たちの暮らしも、さまざまな地下資源によって支えられています。

それでも、この場所で起きたことは、

土地の価値とは何だろう。

と考えさせられます。

地下から価値のあるものを取り出すことも、一つの土地利用です。

一方で、時間をかけて土を豊かにし、生き物が暮らせる環境を次の世代へ残していくことも、土地から生まれる価値です。

グラッドニー牧場がやろうとしているのは、まさに後者なのだと思います。

自然農をしていると、理解されにくいこともある

この話が私の心に残ったのには、もう一つ理由があります。

私は自然農で野菜を育てています。

農薬や肥料に頼らず、草を生かし、土の中の生き物の働きをなるべく邪魔しないようにする農業です。

けれど、自然農は外から見ると、なかなか理解されにくいところがあります。

草をきれいに取り除かない。

土を頻繁に耕さない。

虫がいても、すぐに薬で退治しない。

一見すると、「何もしない農業」のように見えるかもしれません。

でも、何もしないわけではありません。

むしろ、よく見ています。

草がどう生えているのか。

土が乾いているのか、湿っているのか。

虫が増えているのはなぜなのか。

植物の根や微生物が働ける環境になっているのか。

人間がすべてをコントロールするのではなく、生態系が自分で働ける環境をつくる。

それが自然農の面白さの一つだと、私は感じています。

遠い北海道で、同じ方向を向いている人がいる

もちろん、私の小さな畑と、北海道の81ヘクタールもの牧場では規模がまったく違います。

育てているものも、方法も違います。

それでも、ティムさんたちの牧場の記事を読んでいると、どこか同じ方向を向いているような気がしました。

土を単なる「作物を育てるための場所」と考えない。

草を単なる邪魔者と考えない。

牛を単なる肉を生産するための動物と考えない。

それぞれが関わり合いながら、土地全体が少しずつ豊かになっていく。

そんな農業です。

そして、その牧場のそばで金の試掘計画が持ち上がったとき、地域の人たちが水や川や土地を守ろうと声を上げた。

その結果、計画は事実上中止になりました。

こういう出来事があることに、私は少し希望を感じます。

小さな畑からでも

私が畑でしていることは、本当に小さなことです。

草を刈って、土の上に戻す。

土をむやみに裸にしない。

菌や虫が働くのを待つ。

うまく育たなければ、「何が足りないのだろう」と畑を見る。

周りから見れば、ただ草の多い畑かもしれません。

自分でも、ときどき「これでいいのかな」と思います。

でも、遠い北海道で、牛と草と土の力を借りながら土地を再生しようとしている人がいる。

世界を見れば、「環境再生型農業」という考え方そのものが少しずつ広がっています。

人間が自然を支配して何かを作るのではなく、

自然が持っている力を借りながら、人間もその循環の中で暮らす。

そんな方向へ向かおうとしている人たちが、あちこちにいる。

そう思うと、私の畑でやっている小さなことも、決して孤立したものではないのかもしれません。

土を少しよくして、次へ渡す。

それくらいなら、私にもできそうです。

そして、そんな小さな場所が少しずつ増えていったら。

それは案外、大きな変化につながっていくのかもしれません。

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